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2008年11月

姪っ子の誕生・・・3  5時間もの大手術

11月26日(水)

 赤ちゃんは‘kokomi’と名づけられた。ウチのkanaがご推薦だったらしい。いい名前だ。

 そのkokomiは今日、5時間もの大手術に向かうことになった。まだ生まれて4日目である。

 朝9時から手術開始だそうだ。付き添う義兄も一人で心細かったようで、昨夜妻に電話をしてきたときも声に元気がなかったようだ。

 妻も私も気が気でない。私も病院に駆けつけたかったが、今日は仕事が許さなかった。そこで、妻がヘルパーの仕事の勤務時間を交代してもらい、朝一番の仕事に出て10時からフリーにしてもらった。それで妻が動けることになった。妻が一人でナビのついた私の車で病院へ向かった。行ったことのない場所へ一人で行けるようなヤツではないが、大事な姪っ子の緊急事態、果敢に向かっていった。幸い東京へ行った際に妻にも運転してもらっていたので、車には慣れていたはずだ。ナビの設定は私がしてやった。

 午後2時前に妻からメールが入っていた。「手術は無事に終りました。くわしいことはまだわからないけれど、とにかくkokomiはがんばりました」

よかった・・・本当によかった。

 とにかく感謝である。出産したK病院、処置室で生まれ仮死状態だった赤ん坊を蘇生させてくれた。生まれた赤ん坊を転院させ診断し、迅速に最善の措置をとってくれたN病院。遠い岐阜市まで運んでくれたヘリコプター。迅速に受け入れ体制を作り、手術をしてくれた国立N病院。本当にありがとうございました。

 都会では、病院のたらい回しで何人もの人が亡くなっているというのに・・・

 もう感謝の言葉しかない。

 この小さな命を救ってくれたすべての人に心から感謝したい。

 

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姪っ子の誕生・・・2 「先天性食道閉鎖症」

11月25日(火)

・・・なんと生まれた赤ちゃんは「先天性食道閉鎖症」だと診断されたのである。

 出産したのはK病院だったが、そのときK病院に当直していた小児科医が市内のN病院のドクターで、そのドクターの判断で設備の整ったN病院に赤ん坊だけ転院、そこで正式に食道閉鎖症だと診断された。

 しかし、N病院でも治療は困難との判断で、岐阜市の国立N病院に運ばれることが決まったのである。24日のうちに国立N病院の受け入れ態勢を確認し、今日25日、赤ちゃんは保育器のまま医師と看護師に付き添われ、なんとヘリコプターで国立N病院まで運ばれて行った。ちょうどお昼の時間だった。

 義兄は車で岐阜市へ向かった。義姉はまだK病院に入院したまま。義母は第一子を自宅で看ている。動けるのは義兄一人だけだ。

 義兄は昨夜から赤ちゃんの名前を一から考えて(女の名前は考えていなかった・・・)今日午前に出生届を役所に出し、職場で健康保険の手続きも済ませ長期の休みになりそうなことを伝え、それから向かっていった。

 手術は明日、26日に行われることになった。

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姪っ子の誕生・・・1

11月23日(日)

 昨日の明け方、義兄に第二子が誕生した!おめでとう!

 おなかの赤ちゃんの心音が弱くなっているとのことで、検査のために前日から入院していたのだが、なんとその夜中の12時過ぎに急に産気づき、分娩室に入る間もなく処置室で出産してしまったようだ。陣痛から1時間ほどで生まれたらしい。

 義兄から妻に連絡が入ったのは、私たちがmikiの部屋探しに東京へ向かう途中の車中で、無事生まれたと聞いて安堵した。

 主治医からは男の子だと聞かされていたらしいのだが、生まれてきたのはなんと女の子、義兄は夜中に電話で呼び出されたときに、生まれてしまったってことにまず驚いて、次に女の子だったと聞いて二度驚かされたと笑っていた。

 しかし、元気だと思っていた赤ちゃんに異常があることがわかった・・・・

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mikiのお部屋探し2

11月22日(土)

 今日、mikiのお部屋探しに、再び東京に行ってきた。

 当然日帰り。けっこう慣れてきたぞ!日帰り東京。

 今回は前回とは違う、御茶ノ水に支店のある会社へ行って来た。

 事前にメールで来店予約をして行った。応対してくれた担当のお姉さんが井上真央似で、けっこう誠実そうな人だった。

 今回紹介された目玉は、錦糸町の物件だった。同じ錦糸町で2件紹介された。

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「ひめゆり」を高山で上映する会

11月20日(木)

今日、「ひめゆりを高山で上映する会」のスタッフ顔合わせミーティングがあった。

10月に一之宮でこの会による映画の上映会があったが、来年も再び高山でこの映画を上映したいと有志が集まった。代表がわたしの友人の石原くんで、来年の上映会は私もお手伝いすることになった。

 今日は5人の人が集まった。前回のスタッフが中心で新顔は私だけだった。

 この映画は多くの人に見てもらいたいと思う。私もこれからいろんな人に伝えていきたい。

 高山の高校生は沖縄に修学旅行に行くので、事前学習にこの映画をぜひ見せてほしいと思う。

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東京 日比谷公園 自立支援法反対集会

11月19日(水)

 今日、東京日比谷の野外音楽堂で、「自立支援法の抜本的見直しをさらに求める緊急集会」が行われ、私の勤める法人からも約30人が参加した。

 雪の降る朝6時に中型バスで学園を出発、12時に会場に着いた。

 ・・・寒い。風が冷たく都会独特の寒さが会場を覆っていたが、それより何より、集会の内容が寒い、進行が寒い。激励と称して国会議員がたくさん挨拶に来たが、すべて自民党の議員ばかり。この法律を通したのは自民党、おまえらだろうが!!都合のいい言葉ばっかり並べやがって、前の集会のときも同じこと言ってたくせに何も変わってねーじゃねーかよ!絶対自民党なんか信用しない!

 会場入り口で、民主党の鳩山さんたちがビラを配っていた。「私たちもこの集会に参加したかったが、主催者側から拒否された」と。

・・・なんなんだ?主催者は現与党にだけ擦り寄って、何考えてるんだ?

わからん・・・

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ちょっと仕事をがんばった・・・

11月12日(水)

 今月に入ってから、仕事で会議や外部の人との関わることが多くなっている。

 今年度に入ってから私の部署は人員を0.5人増やしてもらっているので、ずいぶんと仕事に余裕が持てるようになったことは確かだ。日本中どこへ行っても人員を増やしてもらったなんて会社や部署は少ないだろう。人員削減が当たり前のなかで、このことは心から感謝しなければならない。

 だから、実務的な負担が軽減できている分、精神的な負担の大きい仕事を積極的に請けていこうと心がけている。外部からの役員の応対、一般市民からの苦情、地域団体への依頼、交渉、折衝・・・これまで実務に追われて後回しになっていた、私たちの仕事を市民に理解してもらう活動にもしっかり取り組まねば・・・

・・・だが・・・やっぱ疲れるんだよね・・・こういうのは・・・

でも、今の自分が今の部署に居られる理由はこれしかないんだから、がんばるしかないんだよね・・・

そう、がんばるしかないんだよ。

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合掌・・・筑紫哲也さん死去・・・

11月7日(土)

 今日、あの筑紫哲也さんが亡くなったとTVで見た。

 また一人、類稀なる人が亡くなった。

 あの多事争論はすごいと思っていつも見ていた。穏やかなのに鋭く突きさす、あの知性、感性、話術・・・

 「この『くに』のゆくえ」をまだまだ見届けてほしかった・・・

 心からご冥福をお祈りしたい。合掌・・・

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mikiのお部屋探し・・・

11月1日(土)

 先月、mikiが希望の専門学校の試験に合格した。もうこの時期に進路が決まってしまった。まあ、専門学校も学生集めに必死だから、専願で希望してくる生徒には早くに合格を出すのだろう。

 このあとは、もう学費の納入を請求されたし、住む所も早めに当たって安くていいところを見つけてやらないといけない。とにかく金が必要だ。

 借金するしかない・・・。この借金に纏わる苦労話はまた別の機会にアップしたい。

 で、今日は妻とmikiの3人で東京さへ出かけて行った。もちろん日帰り強行である。

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もうやめようよ・・・障害者自立支援法 10.31全国大フォーラム

10月31日(金)

 今日は東京日比谷で「もうやめようよ、自立支援法 全国大フォーラム」という大集会が行われた。

 全国の障害当事者や支援者6500人が日比谷公園に集結し、障害者を苦しめる「障害者自立支援法」に反対し撤廃を求めた。

 私は、昨年一昨年とこの集会に参加した。昨年の集会に友人のMさん(車椅子利用者)とともに参加し、デモ行進もした。どの集会も障害者の怒りで爆発していた。しかし、政府は小手先の修正でゴマかし続けて法律施行3年が経過しようとしている。障害者の暮らしはなんらよくなっていない。小泉改革で行われた地獄の社会保障削減の最たるものがこの障害者自立支援法であると思っている。

 実は今年もいっしょに行かないかとMさんに誘われていた。正直行きたかった。行っていっしょに怒りをぶつけたかった。しかし、私は翌1日にmikiのアパート探しに東京へ行くようになっていた。

 さすがに二日続けて東京へ日帰りは体力がもたない。残念だが私は集会参加をあきらめた。

 しかしMさんは、ヘルパーを雇って参加した。

 すごい!Mさんは脳性まひの伴う重度障害者である。このバイタリティーには頭が下がる。

 今年の集会の感想を聞かせてほしいとメールしたが、いまのところ返事がない。

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