森達也さん講演会「死刑」に行った来た。
4月28日(火)
楽しみにしていた森達也さんの講演会に行ってきた。
去年の夏くらいからだろうか、新聞等で森達也さんの文章や書評に出会うことがあった。読むとけっこう頷ける部分が多く、関心を持っていた。
そこへ、ひょんなことから「A」を見る機会があり、この人の思想・スタンスには共感できると確信し、ちょっとかじってみようかと思うようになった。
そこへまた高山で森さんの講演会があるとの広告を見かけた。これは偶然にしてはできすぎ、神様仏様のお導きを裏切ってはならぬ。ちょっと勉強しようと、アマゾンで「死刑」と「それでもドキュメンタリーは嘘をつく」の二冊を直感で選んで買った。
講演会に行くのに事前学習をしようなんて思ったのは久しぶりだ。
そして今日、講演会。場所は高山別院の本堂だ。主催が真宗大谷派高山教区ということもあり、地元の人は信徒であろう年配の方が多かったが、比較的若いと感じる聴講者はよそからわざわざ聞きに来た様な感じの人も多かった。
演題はもちろん「死刑」。本を読みこの講演を聞いて、ここ数年自分の心の中に燻ぶっていた心が少し理解できた。
燻ぶっていたもの、それは‘違和感’だとわかった。そしてその違和感は自分にとって間違いではなく、その違和感こそが大切であるとわかった。
ここ数年、とにかく何だかわからないけれど心に釈然としないことが多く、それがストレスになっていることを自覚していた。正しいと思っていたことが実は全然違っていたなんてことが多すぎる。何が正しいのか、正しいことを見失わないようにしなければなどといつも自分はストレスを感じていた。
しかし森さんは「正か誤か、善か悪かなんてことはその時々の状況によって変わる。そして人は常に自分は正であり善であると信じている」と。そしてその善の集団が、自分たちに危害が加えられるという危機感が極度に高まったときに悲劇は起きる。これまで人間が起こしてきた戦争、虐殺、暴動、すべて自分の側が善であるという思い込みと危機感から起こっている。日本もあのオウム事件以降、国全体に異常な警戒感・危機感が蔓延していて、犯罪者に対しての排除感覚が増大している。それが昨今の死刑判決の多さと執行数の異常な多さにつながっていると。それは国民の一人ひとりの危機意識とそれを煽るメディアによって引き起こされていると。
今、日本の国が非常に危険な状態にあると森さんは警告した。
すとんと腑に落ちた。
サイン会・・・もちろん並んだ。買った二冊にサインしてもらった。
へたくそな字だけど、うれしかった・・・しばらくは宝物になりそうだ。
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