家族

高校野球 岐阜県予選・・・

7月12日(土)

 今日、高山で高校野球岐阜県予選が2試合行われた。

 中山公園球場で、「斐太×益田清風」の飛騨対決と、「飛騨高山×大垣北」の戦いが繰り広げられた。

 球場は私の職場から近く、ウチのMikiもブラスバンドの応援に出るということで、午後から少し休みをもらって、「飛騨高山×大垣北」の試合を自転車で見に行った。

 2008_0716200807150028 暑い!梅雨明け前だが真夏の炎天下だ。それでも高校球児たちははつらつとプレーしていた。バドミントンでKanaのペアの子のお兄さんも1年生ながらレギュラーで出場しており、知り合いの子が出ているということで、応援にも力が入った。2008_0716200807150030mikiたちも炎天下でよくがんばって応援していた。

 しかし、野球も応援も相手が一枚上手だった。相手の大垣北は堅実な野球で着実に加点、応援も学ラン姿の援団とその他の応援がよく合っていた。2008_0716200807150037

やはり、結果は7-3で飛騨高山は敗れた。mikiも最後の応援をしっかり悔いなくがんばったようだ。暑さで熱中症になる女子生徒も出たようだが、よくがんばった。

飛騨高山高校は来年以降も期待ができるようで、1,2年生が甲子園目指してがんばっているとのこと。

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夫婦で整体、イタ気持ちいい・・・

7月7日(月)

 今日は七夕だ。飛騨地方はひと月遅いので来月だから、まだ七夕飾りは見かけない。

 そんなこととは別に関係ないのだが、昨日、夫婦で整体に行ってきた。

 妻といっしょに整体に行くなんて初めてだ。

 となり町の私の職場の近くにある「すどう整体」へ行ってきた。私は何度か行ったことがあるが、妻は初めてだ。私も1年ぶりくらいだった。最近評判がよく予約がいっぱいで、なかなか都合のいいときに空いていないのだ。

 「体が弛めば楽になり、心が緩めば楽しくなる すどう整体」と達筆な習字で書いた紙が待合室に張ってある。写真を撮り忘れたてしまった。

 2008_0708200807080021 先に妻がやってもらい、その間私は電位治療器に横になった。5分もしない内にいびきをかいていたらしい。お互い50分間みっちりやってもらった。開業当時に比べるとずいぶんうまくなったと思う。

 イタ気持ちのよい時間だった。快感・・・

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パンクの修理・・・

7月3日(木)

 今朝、Ryoが登校して1分後に戻ってきた。

 「自転車がパンクした、遅刻するで送ってくれ!」

 見ると自転車の前タイヤがしっかりぺしゃんこになっていた。

 明日の朝にも自転車が必要だという。夜帰宅してから、自転車を車に積んで、この自転車を買ったホームセンターへ行ったが、修理のできる者がおらず預りになるという。それはまずい・・・

 ふと、俺が自分で直してみようか・・・なんて思ってしまった。パンクの修理剤を見に行ったら、600円だった。修理を頼めば1500円。

 これはやるしかない!いざとなれば鉄工所のおっちゃんが何とかしてくれるだろう。

 帰宅してまずネットでパンク修理の仕方を検索、だいたいを頭に入れて、いざ出陣。

 昔、子どものころにパンクを直してもらうとき、ドライバーを使ってタイヤをはずすのを見たことがあり、なんのためらいもなくドライバーを使ってタイヤをはずそうとした。けっこう硬く、コツがあるようだったがなんとかタイヤをはずすことができた。チュウブを出してバケツの水の中に入れて穴の位置を探す。

 見つかった!ゴムシールで穴をふさぐ。ここまでは順調。

 チューブを戻して空気を入れるがすぐ抜けてしまう・・・。いろいろやってみるが原因がわからない。

 しかたない、鉄工所のおっちゃんに頼もう。

 鉄工所のおっちゃんは、疲れているだろうに快く手伝ってくれた。ありがとう、おっちゃん。

 見るとチューブにいくつも穴が開いていた。やはりドライバーを使ったことが原因のようだ。ドライバーで傷をつけてしまったのだ。

 あとはちゃんちゃんで完了。さすがである。明日お礼にタバコを買ってもって行こう。

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父の日について

6月16日(月)

 昨日は父の日。

 母の日、父の日、バレンタインデーなどなど、誕生日や結婚記念日といった個人的な記念日じゃないのに、自分にとってその対象の人に何かをプレゼントしないといけないような脅迫的な気分になる日だ。

 私の子どもたちは、私にパンツ(トランクス)の3枚詰め合わせセットをくれた。しかし、感謝の気持ちというよりは、‘父の日に何かをあげないと’という世間から発せられる脅迫的な慣例からプレゼントしてくれたように感じる。

 私も私の父に対して、「何かをプレゼントしないと・・・」と無意識に思った。

 よく、バレンタインデーはお菓子会社の陰謀だとかいうことを聞いたことがあるが、私は全くその通りだと思っている。

 中元・歳暮・付届け等々・・日本独特の贈物文化がある。それはいいとして、物で贈って物で返されないと、それぞれに十分でない気持ちになるところがよくないところだ。その心の負い目を商売にうまく突かれてしまっているんだな。

 母の日・父の日・バレンタインデーのように国民的なイベントにでもなろうものなら、なおさら贈らないと負い目を感じることになる。そして貰えない負い目ってものもあるから、贈る方も貰う方も事はやっかいになる。

 さらに自分が父親という立場の場合、子どもから何か貰おうものなら、今度はその何倍ものお返しをしなければならない。別に子どもじゃなくても、職場で義理チョコなどもらえば、少なくとも倍返しは期待となっている、と勘繰っている。へんなプライドも手伝って、もらうのは200円か300円のチョコでも、返すとなりゃあ500円以下ってわけにはいかねーような気分になる。

こういうのを悪しき伝統と言ってはだめなのか?

もらっても返さないというか、はじめから‘もらわない’という強い信念を持ちたいなー。

でも、もらうとうれしいんだよねー。笑 だから、人は人に物を贈る。だから商売が成り立つんだなー。

ちなみに、今年父には‘万歩計と電気カミソリ’を贈った。来年もきっと贈ると思う・・・。

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庭の光景・・・

6月5日(木)

 庭に新しい花が咲いていた。2008_06082008060720249朝露にぬれて瑞々しい。

 何年も前に母が植えたものだが、毎年咲いている。よく見る花ではあるが名前は知らない。

 ウチの庭は、庭というより畑だし、家の奥にあるので、どうもアプローチが悪く、もうひとつだ。せっかく咲いてくれた花に申し訳なく思う。

2008_06082008060720248手前の畑に母が植えてくれたジャガイモがあっという間に大きくなった。普段水をやらないもんだから、雨が降ったら一気に成長した。

となりの田んぼの稲も成長している。これから月に2回ぐらいは写真を載せて、稲の成長も記録していこう。2008_06082008060720247

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mikiの奨学金申請・・・

5月21日(水)

 mikiが、来春から専門学校へ進学したいと意志を固めた。

 ‘医療秘書’になるための資格の取れる、東京の専門学校に行きたいのだそうだ。

 mikiは現在、情報処理科で学んでおり、事務系の仕事に就くために勉強し、様々な資格に挑戦している。そのなかで将来の仕事を具体的に医療秘書という職種にしぼったようだ。医療秘書って要は医療関係の事務員ってことだよね?

 6月には高校生には難関の日商簿記2級の試験がある。事務員だからやはりこれは取っておきたいそうだ。しかし、勉強している姿はあまり見かけない。

 本人曰く、「おとうが寝てから勉強しとる」。

 で、先日、「独立行政法人日本学生支援機構」というところの奨学金の‘予約’の用紙を学校からもらってきた。まだ進学先も決まっていないが、奨学金の申請の予約をしないといけないらしい。奨学金には様々な種類があるようだが、この奨学金はもっともポピュラーなものらしい。私の上司のMさんも昨年進学したご長男がこの奨学金を受けているようだ。(もっともMさんのご長男は国立大学へ行っているから、ウチの状況とはまったく違うが・・・)この奨学金は返済しないといけないものだ。親の所得によって無利息か有利息がきまるらしい。Mさんは無利息で通ったらしいので、Mさんより所得の低い私も無利息の対象になると思っているが、なかなか無利息は通らないとも聞く。やはり、Mさんちは国立大で優秀だから無利息になったのだろうか?だったらウチは親子でパーだから無利息はだめだな。

 しかし、私にはへんな先入観があるようで、どうも独立行政法人ってだけで、眉を顰めたくなる。

が、mikiが進学したら奨学金を受けないととてもやっていけない。だから申し込んだ。

一度紙ベースの申込書を書いて学校に出して、OKが出たら学校からIDをもらってインターネットで申し込む仕組みになっている。

今日、そのOKが出て、さっきインターネットに入力した。

どうか、無利息で受けられますように・・・

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Ryo修学旅行から帰宅&ウルトラマン

5月16日(金)

 今日は、夜に高山市民文化会館へ行くことがあった。2008_0516200805160001 いきなり入り口にウルトラマンがいたのでおどろいた!ウルトラマン関係のイベントが高山であるようだが、全然知らなかった。

 その文化会館で、ある打ち合わせ会があった。

 高山の「ほりお仏壇店」が、なんと今年100周年を迎えるという。

 その記念行事を私の勤務する社会福祉法人へのチャリティーコンサートにしたい、と申し出をいただき、ありがたくお受けさせていただいた。今夜はその第一回打ち合わせ会だった。

 コンサートは市内の有名合唱団3団のジョイントコンサートを企画されている。打ち合わせにはそれぞれの合唱団の代表者が来られた。その一人が、なんと私が高校時代ブラスバンド部に所属していたときの顧問のK先生だった。2008_0516200805160003 久しぶりにお会いしたが、ありゃどうも私のことは覚えていない様子だった。そして主催者のほりお仏壇の営業部長が、こりゃまたなんと3年生時にそのT先生の後を受けて指揮者になった人だった。この人は私のことをしっかり覚えていた。高校3年のときちょっと悪さをしてコンクールに出場禁止処分をくらい、そのことだけを覚えていた。その私がぺこぺこと頭の低い人間になっていることに「信じられん」と一言。

チャリティーコンサートは9月28日、文化会館大ホールである。多くの人のご来場をお願いしたい。

 打ち合わせ終了後、9時にRyoが修学旅行から帰ってくるとのことで妻と迎えに行った。帰りは大阪からバスで、学校が解散場所となった。ジャスト9時にバスが到着し始めた。Ryoのクラスのバスが一番最初に入ってきた。下車後ぞろぞろとグランドに入ってきたが、さすがに疲れたのか皆の動きに精彩がない。

 2008_0516200805160008全員そろって解散式。同行した校長の話では、広島平和公園での合唱献唱が感動的だったようだ。

しかし、最後のT先生の話し。やはり悪さをした子がいたとのこと。禁止されていた携帯電話、携帯プレーヤ、PSP等を持っていった子が何人もいたとのこと。没収されていたようだ。

ウチのRyoはそういうものはすべて家に置いていったようだが、ホテルで自販機で菓子を買ったことを誰かにチクられて、先生に呼び出され叱られたらしい。なんとホテル内で自販機で物を買うことは禁止なんだって・・・。

なんじゃそりゃ??ジュースも買えんのかい?

 Ryoは、そのことは知っていたらしいが、夜腹が減って減ってしかたなく、自販機に菓子があることを知り、‘ツレ’と買いに行ったらしい。それを携帯電話所持で呼び出された誰かが見ていてチクったようだと言っていた。笑 

 そんなことぐらいなんだってんだ。正直に言ったRyoに私は言った。「父は許す!」

 そんなことくらいで悪さ扱いされたらやってらんないよ!!

ちなみに私の友人の子、UくんはPSP所持で没収されていた。解散式後親子で呼び出されていた。笑

ま、楽しい修学旅行だったようでよかった。姉と妹にUSJで買ったピンクパンサーのストラップを土産にしていた。二人とも喜んでいた。父には何もないようだ・・・笑

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朝のひととき・・・

5月15日(木)

 今朝、mikiが登校するのを久しぶりに見送った。妻が早番でパートに出ていなかったし、Ryoは修学旅行、kanaはもう登校したあとで、家に私とmikiだけという、いつもの朝にはないシチュエーションだった。

 気候が暖かくなって、mikiも晴れの日は自転車で行けるようになった。2008_0515200805150002 「いってら~」「うん」だけの見送りだった。いつも朝は低血圧で機嫌が悪いので「うん」だけでも返事をしたのは意外だった。いつもと違う朝を感じていいたのだろうか。写真を撮られることを嫌うので隠れて撮った。mikiも隠し撮りされるようになったか・・・笑

冬の間はずっと車で送っていたから自力で行ってくれるのはありがたい。mikiなりにガソリン高も気になっているようだ。

 見送った後、家の裏に何気なく回ってみたら、芝桜がきれいに咲いていた。2008_0515200805150001

妻が引っ越してきた翌年に植えたものだから、もう4年目になる。たいして手入れもしてないし、水をくれたりもしてないけれど、今年も咲いてくれた。何も手をかけてないのに咲いてくれてありがとう。

 Ryoは修学旅行二日目。同行しているM中3年の学年主任のT先生(バドのコーチでもある)が、ホームページで速報をアップ。携帯からアップしているのだろうか、親としてはたいへんありがたい。Imgp08321

広島平和公園での一コマ。

被爆講和も感動的だったようだ。Imgp085312

Ryoもヒロシマに何かを感じ取ってきてほしい。

今日は劇団四季「オペラ座の怪人」を見ているはずだ。うらやましい。私も行きたい。

 

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Ryoが修学旅行に出発・・・

5月14日(水)

 今朝、Ryoが修学旅行に出発した。

 朝6:10に高山駅に集合。2008_0514200805140002

あいにくの雨・・・夏服では寒いくらいだ。でも子どもたちは元気一杯、そんな心配はいらないくらい笑顔であふれている。

出発式が始まった。男子と女子の代表が一人づつ前に出てあいさつをした。2008_0514200805140008

 旅程は、初日広島、二日目神戸(劇団四季)、3日目大阪(USJ)となっていた。

  今年の事前取り組みの目玉。それは広島の原爆の像に供える千羽鶴を作る企画で、「一人一羽一願」をスローガンに、一人で何羽も作るのではなく、家族や近所の人・一般の人に頼んで、一人一羽づつ作ってもらうよう活動したらしい。その数、実に3,000羽をこえたらしい。例年なら自分たちで千羽作って終わりだが、今年は多くの人に願いをこめて作ってもらった。自分の行く病院、老人ホーム、ガソリンスタンド等々で、見知らぬ一般の人にも頼んで作ってもらったり、羽に願いを書いてもらったりしたらしい。

いい取り組みだと思った。生徒たちも広島の悲劇と戦争の悲惨さをよく理解しただろう。

 だが、心配がある・・・Ryoが今度の修学旅行を楽しみにしていたのかどうか・・・これまでもあまり楽しそうな様子が伺えなかったからだ。あまり、私たち親に話をしてくれる子ではないけれど、Ryoの口から修学旅行という言葉を家で聞いた事がない。まあ、直前に試合があったりしたからかもしれないけど・・・

 私は自分の中学時代を思い出していやな予感が過ぎった。実は私自身も中学の修学旅行はあまり楽しくなかったからだ。私の時は2年生のときに行ったのだが、あの時のクラスには打ち解ける友達がいなかった。だから修学旅行もあまり思い出に残ってない。(その分、高校の修学旅行はめっちゃ楽しかったけれど。)

Ryoも同じようなことを思っているのでは・・・実は行きたくないのでは・・・なんてマイナスなことを考えてしまっていた。

だけど、今朝の出発の様子を見て大丈夫だと思った。正直ほっとした・・・ 旅行の間は、バドミントンも勉強も忘れて楽しんできてほしい。

いまごろ、ホテルの部屋で大騒ぎしているだろうか・・・

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mikiのPTAとryoの試合・・・

5月10日(土)

 今日はmikiの通う飛騨T高校のPTAとryoの出場する岐阜県中学生バドミントン選手権大会(シングルス)とぶち当たってしまった。

 どちらも大切な行事だ。mikiは高校3年生で進路決定に向けた大事な話があるし、ryoも中学3年生でこの大会では最後の試合になる。どちらも行かないわけにはいかない。

 私と妻とで分担するしかない。

 私がmikiのPTAに、妻がryoの試合に行くことにした。

 妹のkanaもM中バドミントンクラブの一員なので試合のほうへ行く。でも各中学校で男女4人までしか試合に出られないのでkanaは応援だ。8時までに各務原体育館へ行かないといけないので6時にバスで出発した。がんばれryo!

 雨になっていたので、室内に洗濯物を干して、mikiを学校に送ってその足で仕事に行った。PTAは午後からだ。

 飛騨T高校は3年前にT高校とN高校が併合して飛騨T高校となった。mikiは普段は旧T高校の校舎へ通っている。今日のPTAの会場は旧N高校の校舎だ。私の勤務する職場の近くの、あの牛や馬を見ることのできる高校だ。近いが校舎の中には一度も入ったことがなかったのでそういう意味でも楽しみだった。

 校舎に入った。最初の会場は体育館だった。mikiと同じクラスの子の親に同じ職場のNさんがいる。席に座っていると、Nさんが私の姿を見つけて隣に座ってくれた。子どものことにからむ世間話。2008_0510200805100005

人がたくさん集まってきた。それでも出席者は全体の3分の1だった。やはり母親が多い。学年懇談に続いてPTA総会となった。体育館は寒かったがとなりのNさんは居眠りしていた。

その後、教室に行って学級懇談となった。担任先生は若い男の先生だった。mikiのよりよい進路のためにご尽力をお願いした。

 そのあいだにも、ryoの試合結果が何度かメールされてきた。ryoは残念ながら4回戦で3位になった選手と当たり敗れた。しかしベスト16に入った。今回104人の選手がエントリーしていたので、ベスト16は立派だと思うが、もう一つ上がryoの目標だったので本人は不満足だったろう。残念だった。

 しかし同じM中のryoのダブルスのパートナーのkaiくんはベスト4に入った。よくやった。来月のダブルスの試合が楽しみだ。

 また同じM中女子のkahoちゃんがなんと準優勝!M中から男女で入賞者が出た!よくやった!

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久々の家族旅行・・・

5月3日(土)

 今日は4連休の初日。先月末くらいから、3日は妻も仕事が休みなのでみんなで出かけたいと話していた。

 で、行き先は、遠くなく近くもない、京都ということになった。

 京都には私が42歳の男の厄年のときに、前厄・本厄・後厄の3年間、厄払いの祈祷を受けに上賀茂神社へ行っていた。

 しかし昨年は京都に行きながら上賀茂神社には行けなかった。

 昨年、毎年京都で行われる「小学生バドミントンの甲子園」と言われている「若葉カップ」という小学生団体戦の全国大会に高山ジュニアが出場し、ウチのkanaが選手となった。そのとき必勝祈願も兼ねてチームで行くようにしていたが、時間がなくなり行けなくなってしまったのだ。

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PTA総会・・・

5月2日(金)

 今日は4連休前の金曜日。普通こんな日は仕事は何かと忙しい。

 なのに、今日はM中学校のPTAが当たってしまった。去年までは、小中高とそれぞれ一人づつだったので、私は役員を受けていた昨年度の小学校以外は妻に出席を依頼していた。

 しかし、今年度から中学校が二人になり、妻ひとりでは懇談会に出られない。今回は今年度初めてのPTAだし、中3のryoはもうじき修学旅行なので話を聞いておかないといけないし、中1のkanaも初めてなので見ておきたい。というわけで、今日急に午後から休みをもらって行く事にした。普通なら連休前に仕事を途中退勤なんて大顰蹙だが、あたたかい職場の皆様に感謝である。

 私は今日自転車通勤をしていたので、職場で給食を食べてからゆっくりとM中学校へ自転車で向かった。

 M中学校のPTAに行くのは久しぶりである。M中学校は私の母校でもあり、感慨深いものがあるが、校舎は私が卒業して5年後ほどに全面改築されている。今の校舎になってもう25年ほど経つことになるが、わたしのイメージの中ではまだ昔の校舎が残っている。体育館で総会があるなどというと、私の中頭の中では「昔の体育館」をイメージしてしまうのである。

 私は、最初1年生のkanaのクラスの授業参観を見ることにした。学級担任の授業だった。担任はK先生、英語が受け持ちである。

2008_050320080502pta0004参観日のような緊張する授業は、赤い蝶ネクタイをして気合を入れるらしい。半分ウケ狙いみえみえだが、最近の先生は何か特徴を見せないといけないのだろうか、まあつかみはOKといったところか。子どもたちはもうその姿をすでに見ているからなのか反応はなかった。笑

まだ年齢は30代らしいが、頭はもう生え際デンジャラスって感じの、まあ人のよさそうな先生であった。

 その後、妻と交代してryoのクラスを見に行った。ryoがいやがるし、教室の中には入らず廊下から見た。2008_050320080502pta0008 なんと机は一番前の列だった。あまり表情を見ることはできなかったが、妻の話ではけっこうおだやかで明るい表情で話を聞いていたとのことだった。授業は「特活」で、最終学年でもあり、受験を含め自分の進路をどうやって決めるかというような話だった。

 終了後、PTA総会と学年懇談会があり、体育館とマルティという空間に移動してそれぞれ1時間ほどづつ話を聞いた。先生も役員もたいへんである。今年は役が回ってこなくて本当によかった。

 すべて終ったのは4時半をまわっていた。終了後仕事に戻った。私宛に電話が何件も着ており戻ってよかった。

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Ryoの爆発・・・

5月1日(木)

 今日から5月に入った。ガソリンも上がった。もうじき連休だが遊ぶという気分になれない。諸物価が上がり、あらゆる家計の支出が増える。にもかかわらず給料が下がる。にもかかわらず夫婦ともに仕事の負担は増える。余裕がなくなりストレスが溜まる。まさに悪循環。悪いのは政治だと気を取り直しても、こんな状況のときに遊びに出かける計画を立てる心のゆとりがない。

 そんな親の心の状態が子どもにも反映してしまう。

 長男のRyoが先日大爆発した。

 親の何気ない一言にキレてしまった。部屋に閉じこもり、悔し泣きしながら壁を蹴飛ばして穴を開けてしまった。2008_0501200804270002

 無神経であったと夫婦で反省した。

 Ryoは現在14歳、中学3年生である。反抗期の真っ只中で本当にむつかしい年頃だ。時々周囲を寄せ付けないほどの怒りのオーラを発していることがあり、妻などは恐ろしく感じることもあるらしい。

 なのに、なのにである・・・ここからがRyoのよくわからないところであるが・・・なんといまだに私たちと一緒に寝ているのである。私と妻と妹のkanaの4人で寝ている。

 長女のmikiはもうずいぶん前から一人で寝ている。彼女の反抗期はとにかくウザイ親から離れたいばかりで、私との喧嘩がもとで「いびきのうるさいお父となんか寝られん」と自室で寝るようになったら、一人で寝る喜びを知り、自室を城にしてしまった。

 Ryoにも狭いながらも自分の部屋はある。しかし、その部屋で寝るつもりはまったくないのである。どんなに親と喧嘩し口論になっても、夜になれば私たちと同じ部屋で眠るのである。

 不安なのだろうか・・・さびしいのだろうか・・・

 ふつう、どゲンカした親となどいっしょにいたくないだろう。自分もこの年頃のときはうるさい親といっしょになどいたくなかった。

 ただ、先日のRyoがキレたときは、私たち夫婦の方に悪かったという思いがあったため、すぐに反省して謝った。しばらくは部屋で物に当り散らしていたが、しばらくすると落ち着いて部屋から出てきた。そのとき夫婦でマッサージをしていたので、Ryoにもマッサージしてやろうかと言うと素直に寄って来て横になったので背中をマッサージしてやった。そして妻が「耳を掃除してやる」と横になっているryoにそのまま耳掃除をしてやると気持ちよさそうに目を閉じていた。

 その後も無言ではあったが、暴れて悪かったとでも思ったのか、親が寝てから、部屋に開いた穴をガムテープで塞いでいたようだ。

 あのあと、私なりに考えてみたが、ウチの子どもが私たちに対して怒るときは、きょうだい3人を平等に扱っていないときである。これまでやはり誰か一人を特別な扱いをしてしまうことが多かった。きょうだいケンカしたときに、男であるryoが相手をたたいたりすると、どうしても手を出したRyoを叱ってしまう。Ryoにしてみれば原因は相手にあるのに、「何で俺ばっかり怒るんよ!悪いのはコイツや!」といつもこんなことの繰り返しだった。

 やはり、末っ子のkanaにどうしても親は甘いと、上の二人は思っている。しかしまったくその通りだとも思う。

kanaも中学に入ったので、これからは意識して3人を平等に扱うよう心がけて行きたい。

まったく子育てはむつかしい・・・

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チューリップが咲いた・・・

4月25日(金)

 私の妻は花が好きで、私の知らないような花を探してきては畑に植えている。

 妻の植えた花で私にわかるのはチューリップくらいだが、少し前からそのチューリップが大きくなっていて、もうじき咲くかなーと思っていたら、今朝きれいに咲いていた。2008_0425200804230020

 そのチューリップ、本当はもっとたくさん植えていたらしいのだが、なぜか隙間が多い。

母が言うに「もぐらにやられた」と。

なんとモグラが球根を食べてしまったらしいのである。確かに畑にゴルフボールが落ちてきてできたようなへんな穴がいくつもあった。その穴はモグラだったのか!!

 我が家はもともと畑だったところに家を建てた。で、妻と母の希望で畑の部分を少し残してそこが我が家の庭兼畑になっている。もっぱら畑の部分は私の母にまかせている。ジャガイモや大根、葱、白菜、菊菜等々を栽培してくれている。

 花は妻の仕事だ。最近妻も忙しく、心にゆとりがないのだろう、畑で花をかまっている姿をあまり見かけなくなった。申し訳ない思いで一杯だ。

 でも、やっぱり花はいいなあ。 私もちょっとやってみようかな。

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kana 中学校入学式

4月7日(月)

 今日は、中学校入学式だった。

kanaもM中学校に入学した。入学式は午後からだったので妻にまかせた。私が出勤するときにはまだkanaは眠っており、言葉をかけることはできなかったが、昨夜の様子では不安が大きいようだ。

昨夜制服を着て見せに来たが、当然のことながらしっくりこない。kanaはスカートが嫌いな子で、スカート姿など幼稚園の制服くらいしか記憶がない。だからよけいにしっくりこないのだ。兄のryoにも冷やかされてぐずっていた。

制服もイヤらしいが、一番不安なのはやはり「勉強」のようだ。kanaは勉強がきらいだと自覚している。ほんとうに自分は頭が悪いと思っているようなので、私はそんなことはないと言うが、勉強が厳しくなるということが相当いやなようだ。

親としては複雑だ。勉強なんかしなくていいとはやはり言えない。

「バドミントンはがんばる!部じゃないけど一生懸命やる!」と言い切っている。バドミントンは部活動として認められておらず同好会扱いなので、いろいろとハンディがある。だからそれはそれでがんばらないといけない。兄のryoも同じ境遇でがんばっている。

だから当面は勉強より、得意のバドミントンと走ることで存在感を示してほしい。中学には学校対抗の駅伝大会等があるらしいので、その選手に選ばれるくらいになればいいなと思う。

M中学校は私の母校でもある。感慨深いものがある。

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弟の転勤・・・

4月5日(土)

 私には弟がいる。年で4つ、学年で5つ下の弟だ。私が小6のとき弟は小1。そんな年の差だ。韓国のヨン様に似ていると言う人がいた。うん、見方によっては確かにヨン様のように見えるときがある。しかしいまだに独身、彼女がいるという気配すらない。そんな弟である。

 弟は名古屋に本社かあるM電工というアンテナ・通信機器製造メーカーに勤務している。

一昨年の夏に名古屋から東京は葛飾に転勤となった。

弟曰く、「これは左遷だ」。名古屋本社の会社で、東京行きはいわゆる「飛ばされる」人事だと言うのだが、そのときの弟は実にうれしそうだった。高校卒業以来、ずっと名古屋に住んできたが、やはり東京というところに一度は住みたかった。その願いが叶った!と実は大喜びだったのだ。

 私も実はうれしかった。東京にただで泊まれる場所ができる!これはまったくうれしいことである。東京に行きやすくなったことは確かだ。この間2回ほどたずねた。

 その弟から3月中旬に電話があった。「また飛ばされることになった」

 名古屋に戻れってか? 「ちがう、今度は千葉市やって・・・」

 あらま、こりゃまた意外なところへ。今住んでるところは葛飾の京成立石。そこから通おうと思えば通える。でも電車で一時間はかかるらしい。

ものぐさな弟は、その通勤がうざいとのことで、千葉市への引越しを選んだようだ。今のアパートに移ってまだ1年半、私はすごく残念な思いになった。寅さんの故郷の葛飾を十分に歩いていない。亀田兄弟のジムも葛飾らしいが・・

 それで、引越しの手伝いに母が行くことになっていた。6日から2泊してくる予定で。しかし、父が急遽入院することになり、母は「行けんな」と言っていた。

でも、逆に入院中なら心配ないから行ってこいよ、と私は母に言った。母はいつも安い新宿行きのバスを使って行くのだが、そのチケットも取っていたし、ちょっと気分転換にもなるだろうし。本当は俺や妻も行ってやれればよいのだがそうもいかない。

病院へは俺が通うから大丈夫、と言うと、「そうか、それなら・・・」と予定通り行くことになった。弟も「助かる」と母が来ることを喜んだ。

で、明日朝6:30発の新宿直行バスで母は東京へ行く。バスの旅なんて疲れるだろうに、JRで行けばといったが、貧乏性の母はバスの倍以上かかるJRでなんか行けない、とこれまでずっとバスを利用している。立派な人である。

昭和9年生まれの母である。

気をつけて、無事に帰ってきてほしい。

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がんばれ、親父・・・

4月3日(木)

 ここ一週間ほど寒い日が続いている。今日も雪こそ降らないが、雨も冷たく気温は一日上がらなかった。

 今日も昼休みに病院へ行かせてもらった。

 昨日までは2~3日は個室でと言われていたのに、もう今日大部屋へ移ってほしいと言われたそうだ。昨日までいた4人部屋でなく、今度は別の6人部屋。昨日までいた部屋は脳外科の部屋で、今日移る部屋は眼科と整形の部屋だそうだ。階も違う。

引っ越しをしないといけないが、やはり母は昨夜眠れなかったようだ。母は大丈夫だと言うが、引っ越しは俺がやるから少しでも家に帰って寝てきたらと勧めた。母に倒れられたらそれこそ困ってしまう。母はそれなら頼むと言って父の荷物だけまとめてくれて一旦帰った。

 看護婦に案内されて、父と引っ越しに入った。2階から4階へ移る。父は車いす移動だ。促されて入ったその部屋は前の部屋の雰囲気と全然違う。父は入るなり顔を顰めた。ほとんど認知症の人ばかりのような、療養病床を思わせる重たい空気だったからだ。新入りが入ってきても誰も関心を示そうとせず、テレビの音だけが鳴っている・・・廊下へ出れば便臭がただよっている・・・

つい父も、「えらい部屋をあてがってくれたな・・・」なんて、看護師の前で言ってしまった。

しかし、ここはいやだと私も思う。退院までこの部屋で過ごすのか・・・父の認知も進みそうで心配になる。環境の変化は一番認知症にはよくないらしいから・・・

しかし、これが現実だ。父には早く退院できるよう、言われたことをしっかり守って治療に専念してほしい。

がんばれ、親父・・・

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父の再手術・・・

4月2日(水)

 今日午前、父の入院する病院から電話があった。

・・・何かあったか!一瞬緊張が走った。

電話の看護師の話では緑内障の状態が非常に悪く、一刻も早く手術なりの処置をしないとまずい状態になっているとのことで、すぐに病院に来てくれないかとのことだった。今日は主治医の手術日で、昼に時間が取れるとのことだったので、こちらも昼休みを利用して病院に行くことにした。

少しほっとした・・・脳梗塞の方じゃなかったからだ。 

昼休みとなり病院に行った。少し遅れて母も来た。午前の手術が遅れており、しばらく待ってほしいとのことで、病室で待った。2時近くになるがまだオペは終らないようだ。母が人と会う約束があるらしく、気にしていたのでそっちへ行ってもらった。病室でウトウトしていたら、ようやく看護師が迎えに来た。眼科の外来へ父と向かった。眼科の主治医には初めて会うが、たいへん簡潔にわかりやすく状態を説明してくれた。

現在の父の目の状態は、2月の手術の効果があまり出ておらず、眼圧が非常に高い状態で推移している。緑内障の手術は数種類あるが、これまで行ってきた手術は、多少目にさわっても大丈夫なもので、アレルギーで目のかゆい父には非常に条件のいいものだった。しかし、それで良くならないので、次は最後の手段となる手術しかない。しかし、その手術はかゆみ等で目をこすったりするとばい菌が入りやすくなるため、そうなると目には非常によくない状態になるらしい。へたすると失明である。しかし、今のまま放置しても10日ほどでほとんど見えない状態となるらしい。

要するにどっちにしてもリスクの大きい選択となると主治医は言う。普通なら当然手術を勧めるが、今は脳梗塞のこともあり、認知が進んで、目をかまってしまうことも十分に考えられるので、その場合の責任までは負えない。しかし、手術をしなければそのまま10日ほどで見えなくなる。するならば今日のオペに入れる。と言われた。

父は「どうしたらいいか、判断できん」と言う。手術後に目をかまわない自信がないのかもしれない。しかし、そばにいた看護師が、しばらく家族が病院に付き添って、目をかまわないように注意すればなんとかなるのではないか、と言ってくれ、私もなにもしないで見えなくなってしまうよりは、手を尽くしたほうがいいのではと言うと手術することに納得し、同意した。母にはしばらく病院に詰めてもらうことになるが、それは同意してくれるだろう。

そのままオペの準備に入った。今日最後のオペに入れてくれるらしい。白内障などで大変な順番待ち状態、主治医の厚意で緊急にムリに入れてくれたのだ。感謝である。

今日は朝からずっとオペらしい。父のオペは予定では5:30pmからなので、5時には病院に来ていてほしいと看護師に言われ、仕事を4時過ぎであがらせてもらって病院に向かった。いつも駐車場が一杯で奥のほうしか空いていないのだが、今日は2回とも入り口すぐのいい場所が空いていてラッキーだった。

病室へ行くと、父はベッドで横になっていた。5時近くになったら、看護師が来てオペの衣類に着替えるよう言われ着替えたが、青い手術着のようなもの1枚だけだったので、父は「寒い寒い」の繰り返しだった。最近、自律神経が働かないのか、すぐ寒がったり暑がったりする。今日も寒い日だったので、手術着を着て布団の中で丸くなっていた。

どうも前のオペが遅れているようだ。6:30pmになっても迎えが来ない。看護師が、まだかかりそうだから何か準備する物があれば取りに行ってもいいとのことで、 母の付添い用の布団を取りにいっしょに自宅へ行った。

戻ってくるとちょうどオペに出るところだった。間に合ってよかった。で、そのまま同行して手術室の待合かなんかで待つのかと思ったら、エレベーターの入り口で「じゃあここで(お別れです)・・・手術室近くに待合室はありませんから・・・」って??? 病棟エレベーターの入口で見送りさせるために俺たちを待たせてたのか??? 家族もいっしょに待っててくださいの意味が未だにわからない。

結局オペに向ったのは7:15pmだった。2時間以上も待たされたが、主治医も朝からずーと何人分ものオペを一生懸命やっているんだ、文句など言えようはずはない。

 1時間ほどでオペは終わるとのことで、その間に母と食事をしに行くことにした。簡単に食べられる回転すしに行った。食事後8時頃には病院に戻ったが、父はまだオペから戻ってはいない。ディールームで中日VS巨人を見ながら待っていた。8回表2-0で中日が勝っている。今日勝てば中日は開幕4連勝、巨人は球団史上初の開幕5連敗!中日がんばれ!私と母しかいないディールームでベンチにごろ寝しながら見た。

いよいよ最終回2アウトというところで、父が戻ってきた。ほとんど9時近い。

 私は中日が勝つのを見届けてから病室へ向かった。これで今年の巨人の優勝はほぼなくなったな。巨人にだけは優勝させたくない。

 病室へ行くと、父はおとなしくベッドにいた2008_0402200804010190。痛みも何もなく、別に何ともないと言う。まあ麻酔が効いている間だけだろうが。父も食事前だったので、腹が減ったようだ。目だから飲んだり食ったりに制限がないからよかった。

今夜は母が付き添ってくれる。2~3日は個室で付き添ってほしいとのことだから、眠れるといいが・・・。

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父の再入院・・・

3月27日(木)

 今日、父が再入院した。

 今度は脳梗塞(疑い)だ・・・

 今日理事会が始まる直前に母から電話があった。今朝から手術した右目が横を向いてしまい斜視のようになってしまったらしく、おどろいて眼科に通院したら、すぐに脳外科へ回されたらしい。その時点では詳しくわからなかったし、会議が始まる前だったので一旦電話を切り、妻に病院へ行ってもらった。

 会議終了後、妻に電話すると、脳梗塞の疑いがあり入院することになったらしい。本人は頭痛や自覚症状がなく歩くこともできるし、緑内障での入院からまだ一ヶ月も経っていないこともあり、入院はすごく嫌がったようだ。それに、医者もMRIの結果はっきりした脳梗塞の症状が見られなかったため、入院でも帰宅でもどちらでもいいというようなことを言ったらしい。しかし、父はまっすぐに歩けずふらふらしたため、母が懇願して入院してもらうことになったようだ。

その判断は正しかったと思う。そんな状態で帰宅して転倒でもされたものなら母はたまったものではない。それに以前から小さな梗塞の痕はあると町医者に言われていたのである。やはり入院してしっかり検査してほしい。右目だけが横を向いてしまうなんて絶対脳になんらかの異常があるとしか思えないし・・・。

夜、病院へ行った。当然ながら父は元気がない。ただただ入院となってしまったことが情けないようだ。人一倍気丈な父だから入院すること自体が耐えられないのだと思う。

よくわかる・・でも、しょうがないぞ、おやじ。今年はそうゆう年なんだよ・・・早い退院となるかもしれないから、しっかり診てもらってくれ。

また明日から病院通いが始まるな。そうだ、きれいな看護師さんを探すことを楽しみにしよう・・・

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感動した、泣いた・・・最後の卒業式⑤おまけ

 式典が終わり、その後写真撮影となった。児童と保護者が入ると、一クラスでもけっこうな人数となる。2008_0321200803210063

ウチらは2組なので、1組の撮影が終るのを待っていたが、もう、私も心が落ち着いていた。祭りの後の緊張感の抜けたような、なんともいえないこの感じは、そうだ、LIVEがすんだあとに感じた心地よい虚脱感と同じ感覚だ。全体の雰囲気もくだけた感じとなって、子どもたちなどは卒業証書の筒で頭をたたき合ったりして楽しんでいる。

 撮影がすんで、教室へ移動した。最後の先生の話と、みんなの歌だ。また、涙腺ゆるみモードに突入だ。I先生もしんみりと最後の話を子どもたちにしていた。I先生は風貌からして体育会系だが、学生時代は陸上の短距離選手だったらしい。中学校の最後の県予選のときのこと。これまでの実績から自分は東海大会への出場圏内であると自負して向かった大会であったが、周りの異様な雰囲気に呑まれてしまって、早くこの場から逃げたい、早く終りたいと思ってしまったらしい。8位までが東海大会進出できるが、結果は9位。8位との差はコンマ1秒だった・・・。敗因はただひとつ、試合前から逃げたいなどと思ってしまったこと、結局あきらめてしまったことだと。みんなには決してあきらめないで最後までがんばってほしい・・・そんな話だった。最後は涙をこらえていた。

 その後子どもたちから花束を贈呈され、みんなで歌を歌った。もう、子どもたち全体的にはあまりしめっぽい感じはなかったが、式のときも泣きじゃくっていた男の子は一人泣いていた。後で聞いた話だが、卒業生のほとんどはM中学校へ進学するが、その子はN中学校へ行くらしい。だからみんなより‘お別れ感’が強かったのだろう。私はこの子のように、がまんできず泣いてしまう子は大好きだ。すごく愛おしくなってしまう。

 玄関で在校生たちが待っているらしく、放送で退場を促され、先生が廊下に並ぶよう指示し子どもたちも動き出した。でも私は教室でもみんなが入った写真が撮りたくて、「先生、最後にここでみんなで撮りましょう」と提案した。親も保護者もみんなが同意してくれて、子どもたちが黒板前に集まった。2008_0321200803210078

親たちの大撮影会になった。こどもたちは「どっちを向いたらいいのー?」なんて言いつつもみな満足げだった。その後は友達同士や先生と撮り合ってけっこう楽しい時間となった。

2008_0321200803210081 そんなこんなで少し遅れて退場となった。玄関前の廊下に在校生と教職員が並んで拍手で送ってくれた。

外へ出ても別れを惜しんで、なかなか帰ることができなかったが、最後だからいいだろう。

我が家の、最後の小学校卒業式がこれで終った。

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感動した、泣いた・・・最後の卒業式④  謝辞・・

 まだ、会場は静まり返っている。司会のU先生が「保護者お礼のことば」と言って私の名前を呼んだ。

よし!行くぞ!

 私が立ち上がると同時に保護者全員が立ち上がった。ばらばらとでなく、全員が一斉に立ち上がったことが背後から感じられた。保護者みんなが私を後押ししてくれているように感じた。もうここまでくれば緊張もくそもない。前方に向かって歩く間、会場の視線が私一点に集まっているのを痛いほど感じた。なのに私の心は快感に近い感情に包まれていた。なんと心地よいことかと思った。一種のトランス状態というやつだろうか?

 教職員の列の前まで来た。おもむろに謝辞の包みを取り出した。

 以下が私のしゃべった「謝辞」である。恥ずかしながらここに記録しておきたい。

お礼の言葉

 柔らかな日差しが暖かさを増し、雪深いこのS宮の地にも春の訪れを感じる頃となりました。

 本日ここに平成19年度S小学校の卒業式を迎え、卒業生79名の保護者を代表いたしまして、お礼の言葉を述べさせていただきます。

 本日は、私どもの子どもたちのために、厳粛かつ盛大な卒業証書授与式を執り行っていただき、誠にありがとうございました。校長先生をはじめ、すべての教職員の皆様に、保護者一同、心より厚く御礼申し上げます。

 また、来賓の皆様におかれましては、公私共にお忙しい中御臨席を賜りまして、誠にありがとうございました。皆様からいただきました心温まるお祝いや励ましのお言葉は、卒業する子どもたちの胸に、深く刻まれたことと思います。

 そして只今、校長先生より卒業証書をいただく子どもの姿に、万感の思いが胸に迫ってまいりました。今、改めて子どもたち一人ひとりの顔を見ますと、6年前の入学式のまったく幼い面立ちから、ずいぶんしっかりした頼もしい表情に成長していることに気付きます。身長が伸び、体格が大きくなるとともに、心もめざましい発達を遂げた6年間でした。

思い起こしますと、子どもたちはこのS小学校でいろいろな行事に参加してまいりました。5年生の乗鞍青年の家でのセカンドスクール、6年生春の京都・奈良への修学旅行では、目を輝かせて生き生きと帰ってきた我が子に、もう話を聞かずとも、すばらしい体験ができたんだなあと実感いたしました。また、夏の運動会では、先生と子どもたちがひとつになって、勝っても負けても抱き合いながら人目もはばからず号泣する姿に、私たち保護者も忘れていた熱いものが甦り、こみ上げてくるものを抑えることはできませんでした。秋の陸上記録会でも、少しでもいい結果を残そうと、毎日放課後の校庭に残り、みんなで一生懸命がんばる姿は、今も目に焼きついています。冬のスキー教室では、指導に同行した私どもに、思いがけず子どもたちから感謝の手紙をいただきました。たいした指導もできなかった私に、一人ひとりが心のこもったお手紙を書いてくれて、思わず胸が熱くなりました。このような感動的な行事や日々の授業を始め、すばらしい学校生活を考え実践してくださった小学校、O先生、I先生に心から感謝申し上げます。子どもたちの命を預るご心労たるやいかばかりであったかと、手を合わさずにはいられない思いです。