下宿屋

新しい出会い・・・

3月29日(土)

 今日も勤務だ。年度末も近づき、事務職員にとっては多忙な日々だ。

 年度末は、別れと出会いの時期でもあるが、これまでブログに記してきたように自分にもいろんな別れと出会いがこの春にある。

 今日、我が家の下宿に、3月13日のブログに記した新入生kanが入居した。母親とともに荷物を持ってやってきた。まだ入学前だが、もう今日から練習に参加するらしい。

 2,3年生も、中国遠征からおととい帰国し、今日下宿に戻ってきた。中国人留学生の帰国はまだだが、しばらく静かだった下宿にまた活気が戻る。また妻には大変な思いをさせるな。どうかよろしくたのむ。

 さっき、練習から帰ってきたkanの顔を見てきたが、やはり不安は隠しきれない感じだ。そりゃそうだ、中学卒業してすぐ親元離れて暮らすなんて、そりゃ心細いよ

母親の話では、こちらに来る道中、kanは帰りたくてしかたなかったらしい。母親もかわいい娘を置いて帰るのはつらかったと思う。

kanにとって今日は忘れられない別れと出会いの日になっただろう。無理しないでがんばってほしい。

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中国遠征・・・

 ウチに下宿しているバスケット部高校生たちが遠征に出発した。

 遠征地はなんと中国!!今朝3時に学校に集合して出発した。ウチに下宿している中国人留学生の母校で合宿を張るらしい。

 昨日、日本人下宿生の親が来ていろいろ最後の準備をしていたが、親もたいへんである。顧問のU先生も中国人留学生への心配りもあっただろうし、いろいろたいへんななかで中国遠征を実現された。頭が下がる。

 中国人の子達は久しぶりに故郷へ帰れるので、やはりうれしそうだった。大きなトランクケースに日本のお土産をいっぱい詰め込んでいた。しかし、里心が出て帰って来なくなったなんてことにならなければいいが・・・実は一人心配なのだ。その子はそもそもバスケットはあまり好きではない言っており、日本での生活がいやだとこぼしていたことがある。日本での中国の評判がよくないことも知っているかもしれない。なんか複雑な思いだ・・・

遠征は1週間の予定だが、中国人の二人は合宿後にちょっと帰省の日にちをいただいたようだ。4月2日に一行とは別便で帰ってくる。

中国での食事や治安、環境のことなど心配は尽きないが、とにかく、みな無事に帰ってきてほしい。

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新入生・・・

3月13日(木)

今日は高山west highschoolの新入生一日入学で、ウチの下宿に入居を希望していた子が母親とともに下宿を訪ねてきた。高山westのバスケット部推薦で美濃市からこの高山へ来ることを決心した子である。

今ウチの下宿にいる子も皆バスケ部だがそろって背が高い。僕より低い子は一人もいない。だから、今日来る子も背の高い子だろうと思い込んでいた。すると、なんと現れた子はウチの妻とほとんど同じ背丈の小さな子だった。最初は妹かと思ったくらいだ。しかし、背は小さいが、華奢な感じはなく、がっちりした筋肉質の印象だ。しかも眼光が鋭い。睨むというのとはまた違う、なんとも言えない突き刺さる感じの視線を放つ子だった。話をする僕の顔を目をそらさずにその視線でじっと見ている。だけど、決して睨んでいるのではないである。だから不愉快な感情は起こってこないのだが、ちょっとこれまでにはない印象の子だった。

しかし、質問をすると、ぱっと隣の母親を見てすぐには返事ができないあたりは普通の中学生だ。やはり、初めて親元を離れて暮らすという不安があのような視線にさせたのだろうか?まあ下宿の親父がどんな人間なのか試していたのかもしれない。

今月28日から入居することになった。

中学卒業してすぐ親元を離れるのはとても不安で怖いだろう、しっかり守ってやりたい。バスケと勉強の両立は苦しいだろう、しっかり励ましていきたい。

 その後夜になって、小学校へkanaの担任の先生に会いに行ってきた。卒業式のことで打ち合わせや質問をするためだ。やはりこの時期は学校も忙しいのだろう、7時を過ぎているというのにほとんどの教職員が残って仕事や会議をしていた。このごろは10時11時は当たり前とも。

公務員も、末端の現場の人間はどこも必死でやっている・・・。政治家と高級官僚はみんな総入れ替えしてほしい。

 その後、事務長から携帯にメール。「明日はバレンタインのお返しの日だが何か準備したか・・?」例年、いただく義理チョコに二人でいっしょにお返しをしていたが、今年は二人ともすっかり忘れてしまっていた。

この時間ではコンビニしかない・・・あわてて近くのコンビニに買いに行った。しかし当然残り物・・・直感の鋭い女性たちにはもはやばればれだろうな。今年は気の利いたお返しを・・なんてもらった時点では思っていたんだが・・・

今日も感謝の気持ちが薄れていることを実感した。

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下宿屋の確定申告・・・

 3月が忙しい理由のひとつに「確定申告」がある。

 私は、とある社会福祉法人に社員として勤務し、その収入が私たち家族の生活の主たる糧となっている。それだけならば普通のサラリーマンだから私は確定申告する必要などない。しかし、自宅で下宿屋を営んでおり、そこで得られる収入については青色申告を行っている。

 これだけ書くと、サラリーマンがいい副収入を得られていいな、などと思う人がいるかもしれない。しかし、我が家のような3~4人くらいしか預れない下宿屋は所得(儲け)を得るなど不可能であることを今年(19年)の決算をして確信を持った。実はようやく今日、今年度の申告書を仕上げた。今年度が4期目であるが、当下宿屋の青色申告損益計算書は、事業開始から4期連続でマイナスである。特に今年は灯油・食品をはじめとする諸物価の上昇でマイナス幅は昨年より大きく広がった。妻には毎朝毎晩の食事の賄いだけで大変な思いをさせているが、その妻に「専従者給与」が出せないのである。食材の仕入れ・光熱水費等の諸経費で下宿料のほとんどが消えてしまい、我々の懐に入るお金など・・・ない。

 妻は怒るわけである。「なんで私はこんなにえらい目にあってるのに、ちっともいい思いができないの?」まったくもっともな言い分である。妻は下宿屋からは給与が得られないと悟り、ヘルパーのパートに出ている。妻はますますたいへんである。‘働けど働けど我が暮らし楽にならざり’とかって言葉を聞いた事があるが、妻はそれは私のことだと言っている。本当に申し訳ない・・・としか言いようがない。

 では、下宿屋などやめればよい、と誰もが思うし自分も思う。やめたほうがよっぽど楽で、妻も働きに出たほうが我が家全体としての所得は間違いなく増える。しかし、そう簡単にやめるわけにはいかない。私の意地の世界である。

 私はある夢を持ってこの家を建てた。しかしその夢が崩されて、失意の中からはじめたのが今の下宿屋である。その下宿屋まで簡単にやめてしまったら、夢を持ってこの家を建てた意味までもが失われてしまうと思うからだ。

 下宿屋は大変である。なにが大変かというと、生きた人間を預っているからである。家族以外の人と暮らしを共にするというのは本当にたいへんなことである。ウチには高校生の子どもたちが現在3人下宿しているが、その内二人は中国人留学生である。それはたいへんである。しかしおもしろいのである。

 何を書いているのかわからなくなってきた・・・

 そう、今日は確定申告がたいへんだということを書きたかったのに、ぜんぜん違う愚痴になってしまっているな。とりあえず今日はこの文章でアップしておいて、後日全面修正しよう。

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