3月15日(土)
朝、普通に出勤。土曜出勤が続く。
午前、事務長が仕上げた本日のU氏葬儀の弔辞を紙に仕上げる。本来ならば墨で書くのだろうが、ワープロから落とした紙を張り合わせて作った。ウチの常務は習字の心得があり、達筆であるが、こういうことはなぜか避ける。大変なのはわかるが、俺は常務が墨で書くべきだと思った。しかし、そんなことを今言ってもはじまらない。紙を貼りつなぐ際に、縦書きだと文章は右から左へ流れるから、紙の張り合わせも右の紙が左の紙の上に来るように貼らないといけないらしい。そんなことは俺は知らなかった。指摘されて作り直した。完成した弔辞の紙を包みに入れて、理事長宅へ届けた。事務長は法人運営委員会。
午後1時、U氏の葬儀。U氏の会社の新工場の2階が広いスペースのホールになっており、そこが葬儀会場だった。
ものすごい数の弔問者である。いったい何人いるんだ?そして凄まじい数の供花。壁や通路はすべて供花で埋め尽くされている。
人の波と供花の列、圧倒されてしまった。葬儀委員長は岐阜4区選出の衆院議員K氏。U氏はK氏の後援会長も勤めていたらしい。坊さんの数はなんと12人。そして全員焼香。焼香の煙が一気に会場に充満した。あまりの焼香者の数に坊さんの読経が終ってしまい、しばらく読経のないまま焼香の行列だけが動いていた。その後弔辞。ウチの理事長は3番目だった。前二つの弔辞がいまひとつだったこともあり、内容といい時間といいすごくよく感じた。こんなすごい葬儀になるとは知らず、1時間で終るだろうと思っていたのが2時間にも及んだ。
実は2時から人と会う約束をしていた。我が家の屋根の軒先の水漏れ問題で、設計士・施工業者と交渉するのだ。しかし、とても2時には終われない。葬儀中にメールし3時からに延ばしてもらった。
葬儀終了後、すぐに職場に戻り、同乗した事務長を降ろして自宅へ向かった。葬儀会場が職場から近くてよかった。
自宅へ着くと、業者の連中が4人、屋根に上がっていた。自分も上がるように促され、着替えて屋根に上がった。申し訳なさそうに説明する設計士と業者。俺は怒っていた。何年も前からこうなっていたのに、見に来るだけ来て放置されていたからだ。軒天からつららが下がるのである。そんな家は見たことがない。しかし説明は、施工に問題はない、環境要因がすべてだと。申し訳なさそうにしているが、責任を認めようとはしない。政治家や官僚、行政の人間と同じ、職人も責任を転嫁する時代になった。自分の建てた家がこんなことになっているのに、心の痛みを感じているのか・・・。俺はそこを怒っている。しかし、俺は素人だ、プロの連中4人を前に彼らを論破することなどできない。ここでも末端の弱者が泣かなければならない・・・
日本という国はすべてがこういう構造になってしまったのか・・・・
しかし、屋根のあの状態をこれ以上放置するわけにはいかない。最善策を、再度業者が検討して後日持ってくることになった。
気分が重い・・・
その後、こどものバドミントンの迎えに行く。岐阜から県小バド協理事であり強化コーチのFさんという人がきて指導してくれていた。高山のTコーチの依頼で来てくれた。ありがたいことである。
帰宅後、夕食。mikiはバイト先の人が食事に連れて行ってくれた。なんともいえない精神状態で、酒が呑みたくなり買い置きのものを呑んだ。すこし酔ってきたところに電話が鳴る・・・
なんと今夜は町内子ども会の引継ぎ会だった・・・・。がーん!忘れていた・・・私だけでなく、ryoとkanaも関係がある。あわてて準備したが、私も妻も酒を飲んでおり運転できない。近所のkanaの同級生で役の子の親が車で迎えに来てくれた。
公民館へ。赤っ恥だ。もはや頭を下げてお詫びするしかない。5分前まで落ち着かない心で酒を呑んでいたためか、頭を切り替えて子ども会モードにすることができない。酔いはふっとんでいるものの、思考がついていかないのである。引継ぎを受ける立場なのに・・・しばらく、動揺した精神状態が続いた。しかし、皆いい人たちばかりで、情けない新役員をフォローしてくれた。・・・鬱
今日も一日が終った。終ってみれば最悪な一日であった・・・
明日は日曜日・・・来週もまた忙しい日々が続く。がんばれるだろうか・・・
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